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室田洋子句集 「まひるの食卓」
ふらんす堂 2,600円
室田洋子(むろた ようこ)
1960年、群馬県生まれ
2000年「海程」入会 金子兜太に師事
2004年 海程新人賞受賞
現在「海程」同人 現代俳句協会会員
   
帯より 金子兜太
かなかなや考える椅子ちょっと貸して
室田洋子の作品は、豊かな一般性に恵まれている。
感性が柔らかいので、書かれたものは日常を越えて、
非日常の美を抱懐することが多い。
   
自選十句
かなかなや考える椅子ちょっと貸してl
いなぴかり失恋体操していますl
寒卵あっち向いてる長女かな
ご飯というきれいなエネルギー白鳥来
春動く肉の色してけずりぶし
後れ毛や春をそわそわパラフィン紙
青田波さあっと黒板消しました
うつぶせのあなたのように夏銀河
べン置いてまひるの食草浮巣めく
夏岬わたしの一切蹴りあげる
   
吾亦紅百年だって待つのにな
白鳥とちょっと固めのご飯かな
ひと恋いてかたき朧につまずきぬ
青林檎きわどいカーブ加速して
鳥帰る痛いところへ触れながら
煮凝のどこまでが心なのだろう
風信子ゆっくり響く長女です
待つというこころの握力冬木立
先生の仔犬のようなくしゃみかな
話すたび薄氷われてゆきにけり
全身でわたしを揺する夜の紫陽花
誘蛾灯ふいに止まって男泣き
冬瓜スープ煮つめてゆけば難破船
白鳥来わたしうっすり埃っぽい
秋の蝶合掌すれば腋冷えて
音もなく人は毀れる草の花
紅葉かつ散る論点どんどんずれる
猪や父って案外面食いです
冬満月仰いで何も祈らない
わたしという私の敵よ牡蠣すする
戦闘服のような娘の花衣
実南天女系家族はせっかちで
きさらぎの一重瞼の子を産みし
連翹やどこか短期なハングル文字
餡パンの重さにくぼむ晩夏かな
   
跋
窓の開いたダイニングテーブルから・・・・「わたし」をめぐる明るい透視図 (抜粋しました)
小野裕三
室田洋子という人は魅力的な女性である。魅力的というのは他でもなく、まずと
にかく明るい。そして、フットワークがいい。というのは、「海程」の金子兜太主
宰にも言われたことだそうなので、きっとみんながそう思っているのだろう。明る
さ、フットワークのよさ、それはまず当然彼女の生活態度に現れる。親切と言えば
親切、おせっかいと言えばおせっかい(時にそそっかしいとも?)、それがよくも
わるくも室田洋子という人である。そしてそのような彼女のキャラクターは、不思
議と彼女の俳句にも渉み出している。
彼女の俳句には、「わたし」がよく出てくる。こんなに「わたし」が俳句の言葉
に登場する俳人は他にいないのではないかと思うくらい、あらためて句集にまとめ
られたものを見てみるととにかく「わたし」だらけである。直接「わたし」という
言葉が使われている場合もあれば、言葉にはないが含意的に「わたし」の存在が句
を支えている場合もある。そして、その頻出する「わたし」が不思議と嫌味になら
ない。そこに見えてくるのが、やはりあの明るくてフットワークのよい「わたし」
だからではあるのだろうが、このような「わたし」俳句は実は俳句史的には決して
よくあることでもない。
俳句にとっての 「わたし」。例えば、境涯俳句と呼ばれるものがある。俳句にと
って「わたし」と言えば、例えばこの境涯俳句のことなどが思い浮かぶだろう。病
める「わたし」。悩める「わたし」。苦しむ「わたし」。諦める「わたし」。そのよう
な「わたし」 のどこか悲しみを帯びた詠嘆。その詠嘆が、その片言が、そのそれぞ
れの感情や生活の断片が、そのまま俳句になる。だが、室田洋子の 「わたし」俳句
は、そのような境涯俳句的な素材としての 「わたし」からはいかにも程遠い。
日本の文芸にはもともと 「私小説」という流れがある。文字どおり「わたし」 の
小説。だが、そのような精神が日本の文芸をスポイルしたのだ、という言い方もあ
る。有名な「第二芸術論」も概ねこの趣旨だろう。そこでは、俳句などに見られる
ような精神こそが「私小説」的なものの源泉とされ、従ってまるで日本文芸の腐敗
の原因がすべて俳句や短歌などの日本の伝統的短詩型にあるかのような論旨で攻撃
されたのである。
そのように許されることもある俳句だが(そしてまた実際に、「俳句は私小説で
ある」とする俳人がいたことも事実だ)、一方で興味深いことに「私小説」に対応
するような「私俳句」という表現は(少なくとも一般的に流通する言葉としては)
存在しない。そのことをどう考えればよいのか。繰り返すが、実は俳句表現上であ
まり「わたし」が露出することはかえって少ない。「わたし」 の存在を前提として、
その環境を映しだすことが典型的な俳句表現と思われているので、要するにあまり
「わたし」はしゃしゃり出て来ないのである。当然であるがゆえに暗黙の前提とさ
れているのが「わたし」、ということになるだろうか。
ところが、室田洋子の俳句は無数の「わたし」で埋め尽くされている。「わたし」
の出現する句が多いばかりか、「わたし」が二回登場する句すらある。
草いきれわたしよわたしにはぐれるな
わたしという私の敵よ牡蠣すする
「わたし」と「わたし」の関係。敵でもあり味方でもあり、頼る存在でも頼られ
る存在でもあり、勿論、自分自身同士でもあり、とにかくここでの「わたし」と
「わたし」の関係は不思議だ。「わたし」と「わたし」の一致とずれ。「わたし」は
笑い、「わたし」は泣く。「わたし」は喜び、「わたし」は嘆く。その心理変容のす
べてが、そしてその一挙手一投足が、すべて俳句の言葉となる。
いや実際、彼女の俳句の背後にはほとんどいつも「わたし」の影が隠れている。
最初期の秀作である、次の句もそうだ。
吾亦紅百年だって待つのにな
季語が頭にあるものの、後の言葉は非俳句的というか口語的な呟きである。それ
も、明らかに女性の呟き。誰かに話しかけるというよりは独り言、つまり「わたし」
が「わたし」に話しかけるような言葉だ。いやもっと正確に一言うなら、本当は「わ
たし」が誰か別の人に伝えたい言葉なのだが、にも拘らず何かの事情で伝えること
ができず(ひょっとすると伝えるための充分な勇気がなかったのだろうか)仕方な
く「わたし」に戻ってきてしまった言葉とも思える。このいささか未練たらしいよ
うにすらも思える、女性独特の独り言めいた呟きが室田洋子の俳句の幕開けであっ
たことは示唆的だ。そう、彼女の俳句の 「わたし」はいつも「わたし」に向かって
囁き続けているのだ。しかも、どこか明るくも鬱屈した、女性ならではの繊細な心
情を持って。
夏岬わたしの一切蹴りあげる
「わたし」俳句の中で一番の秀作はたぶんこの句ではないだろうか。ここも実は、
表面に出てないが「わたし」と「わたし」 の分離がある。この句での「わたし」は
目的語であって主語ではない。そして、その目的語である「わたし」を蹴りあげて
いるのは主語としての「わたし」のはずなのだ。そこにはきっと、強い「わたし」
と弱い「わたし」がいるのだろう。
たぶん、彼女の俳句はいつでも「わたし」を真ん中に置いた透視図を映し出して
いるのだ。
花時のわたし溢れるお風呂かな
まるで世界の中心にいるかのような 「わたし」。見方によってはどこか独善的と
も見られかねない構図だが、面白いことに彼女の 「わたし」 は先程見たようにほと
んどいつも「わたし」と「わたし」 に分裂している。このふたつある「わたし」 こ
そが、「わたし」を真ん中に置いても少しも世界が嫌味にならない理由なのだろう。
視点としての「わたし」はいつも少し離れた場所から実体もしくは客体としての
「わたし」を見ている。「わたし」 (視点) が生活世界の隅々に広げている透視図の
中に、その網目に引っかかるひとつの 「わたし」 (客体) があるだけなのだ。
そう考えれば、「わたし」が氾濫する彼女の俳句は、決して独善的・自己中心的
な表現の帰結ではないということが分かる。ある意味ではむしろ逆で、自分をしっ
かりと見つめている帰結としての俳句ということもできる。
俳句に「私俳句」という表現がないのは、そもそもそれが「わたし」の存在を前
提としているからだということは先述した。そして、そのような俳句的姿勢が日本
の 「私小説」 に流れ込んで日本の文芸をスポイルしたという論があることにも触れ
た。そしてそれは、一理ある論である。つまり、「わたし」を書くという意味には
ふたつある。ひとつは、本当に「わたし」を見つめて「わたし」を書くこと。もう
ひとつは、「わたしの周り」にあることを見つめて「わたしの周り」 のことを書く
こと。日本の私小説に流れ込んだ悪しき源流があるとするなら、この後者である。
「わたしの周り」 に起こることを書けばそれで文学たりうるとする、悪しき誤解が
通俗的な形で蔓延していることはどこか否定できない事実かも知れない。そして確
かに、「わたしの周り」 のことを書き留めるという姿勢は、俳句に典型的に現れる
基本的な創作方法でもある。勿論、本来ならそこでは「写生」という、絵画技法か
ら派生した対象の本質にアプローチするためのひとつの方法論が根底にある。した
がって、その帰結としての「わたしの周り」である必要があり、当然ながらなんで
もかんでも「わたしの周り」 のことを書けば俳句になるわけではない。だがともあ
れ、そのようなことが俳句創作の基本であるがゆえに、逆にあえて「私俳句」とい
う用語が俳句界に登場することもなかったのである。
室田洋子の俳句は、その俳句史的な暗黙の中心である「わたし」に対して、客体
としての「わたし」を配置する。「わたしの周り」にある「わたし」。「わたし」(視
点) が見る「わたし」(客体)。俳句的視線の延長に、「わたし」を置いてそれを見
つめる姿勢。この図式こそが彼女の俳句世界に頻繁に見られる「わたし」と「わた
し」 の分裂の理由であり、そしてその新鮮さの根源でもある。いや実は私小説でも、
本当に面白い作品は「わたしの周り」のことではなく、「わたし」のことを書いて
いる。客体としての「わたし」 のことを迂回することなくきちんと描いている。そ
う考えれば、彼女の「わたし」俳句は良質な私小説に匹敵するような「私俳句」と
いう領域を形成しているとすらも言えるかも知れない。
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