
角川平成俳句叢書
定価
本体2,667円 (税別)
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『全景』 塩野谷 仁句集
                   
著者略歴 塩野谷 仁 (しおのや じん)
昭和十四年 (一九三九) 栃木県生まれ。
昭和三十七年 「海程」創刊とともに、金子兜太に師事。
第十八回「海程賞」受賞。
平成十一年 「遊牧」創刊代表。
平成十九年 第六十二回現代俳句協会賞受賞。
句集 『円環』『塩野谷仁句集』『独唱楽譜』『東炎』『荒髪』。
評論集 『兜太往還』。
共著 『現代の俳人一〇一』など。
現在 「遊牧」代表、「海程」同人。現代俳句協会幹事・研修部長。

自選十二句
太古より雨は降りいて昼蛍
夏あざみ鳥あつまるを河口という
昼星の落つ音あらん大枯野
水のつづきに水のある御慶かな
あるだけの灯の点されて四月馬鹿
地続きに落日もあり韮雑炊
地球から水はこぼれず桜騒
確実に階段は果つ天の川
紅茸を蹴り夭折に遅れおり
一月の全景として鴎二羽
眠りには泥も炎(ほ)もある小豆粥
風景のどまん中よりさくら散る

粗塩(2002年)
一月の水辺薄着の母がいる
連翹の昼の深さの大愚かな
春の月とは手掴める色のこと
岬に覚め花合歓はかく揺れる痣
冬野に馬膨らむものを眼(まなこ)という
短日とはついに水辺を離れぬ犬
昼星 (2003年)
たましいや梅の白さの中も梅
飛鳥にあり青鷺の水平とあり
流人たるべし麦星の巨き夜は
膳所にあり秋蝶の低き震えに
昼星の落つ音あらん大花野
いまも遠く光る水あり菊膾
正夢 (2004年)
青僧のあとも青僧石蕗の花
喉すべる飴玉を花冷えという
白玉のそのさびしさの昼を眠る
晩夏とはついに戻らぬ蝶の白
正夢はひといろがよし残る蝉
桜騒 (2005年)
野遊びのはじめの影を知っているか
棒立ちで泣く男いる稲の花
国分尼寺までは蛍を灯しゆく
走らねばてのひら冥し秋の水
山茶花のつづきの白を毀しおり
冬野より戻れば冬野光るのみ
遠方 (2006年)
ことごとく橋崩れゆく春の夢
百年前の落花と闇を同じくす
海市(かいやぐら)十指は鳴らすものと思え
夢の中の夢を点れる金魚玉
精米の一粒ながれ冷夏なり
やくそくの数だけ落ちる冬の星
荒縄 (2007年)
机より生まるる春の星のあり
一泊のためのけむりを遅日とす
春眠の中の荒縄揺れつづく
伸びすれば見える次の世麦こがし
この闇のつづき雲南濁り酒
また一人鉄棒まわる石蕗の花
水際(2008年)
空を見ぬ日ばかりが過ぎ鳥総松
直立は天性にして春の虹
うたたねの真中にひらく白日傘
闇に麦青みつつあり途中なり
目の奥に忘れ水ある花の闇

あとがき
本書は『荒髪』につぐ第六句集である。平成十四(二〇〇六)年から平成
二十(二〇〇八)年までの作品を収めた。配列はほぼ制作順である。
この間、平成十九年には第六十二回現代俳句協会賞を受賞する栄誉を得、
本年の四月にはわたしたちの俳誌「遊牧」も創刊「十周年を迎えることが出来
た。これらはみな、わたしを支え続けてくださった多くの俳友の力添えなく
しては出来ぬことだった。そのうえ、本年十一月二十日にはわたしも齢七十
を数えることになる。自祝の意味も込めて制作に踏み切りた。句集名は、
一 月 の 全 景 と し て 鴎 二 羽
から採った。
本句集を編むにあたっては、角川学芸出版の河合誠『俳句』編集長・俵谷
晋三書籍編集長に格別の配慮をいただいた。記してお礼申し上げたい。
平成二十一年初秋
塩野谷仁
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