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 『金子兜太集』平成4年刊 
 筑摩書房
   
 第1巻 6500円E
 第2巻 6000円E
 第3巻 6000円E
 第4巻 6500円E

 (メニュー情報の金子兜太句集、評論参照)





    


第1巻  句集(メニュー情報の「句集」参照) 

少年→1955年刊 風発行所

成長(未完句集)→1975年刊「金子兜太全句集」に所収 

金子兜太句集→1961年刊 風発行所

蜿蜿→1968年刊 三青社

暗緑地誌→1972年刊 牧羊社
 
早春展墓→1974年刊 湯川書房
 
狡童(未完句集)→「金子兜太句集」所収

旅次抄録→1977年刊 構造社出版

遊牧集→1981年刊 蒼土社

猪羊集→1982年刊 現代俳句協会

詩經國風→1985年刊 角川書店

皆野→1986年刊 立風書房

黄→1991年刊 ふらんす書房

両神→1995年刊 立風書房

東国抄→2001年刊 花神神社 

 
 後書

 十八歳で俳句をつくりはじめ、句集十五冊。かれこれ四、五千句は
あるとおもうが、すべて五七調三句体の最短定型で、日常を土台とし
即興をたのしみつつ、ときに日常を超えた、それこそ「芥子粒に須
弥山(しゅみせん)を容(い)れる」ほどの詩境を獲得しょうとしてきた
次第。

 大戦後約十五年間の、いわゆる「戦後俳句」の意欲的な作り手のな
かには、自由律をよしとし、他の長い形式を指向するものもいたが、
私にはその気はなかった。いまもない。というのも、なによりも相性の
よいことがあり、加えて、伝統詩形としての奥行きを身にしみて感じてい
ることがある。

 戦後俳句の作り手のその後の拠点の三が、昭和三十七(一九六二)
年創刊の同人誌「海程」だが、しばらくして私が主宰するようになって、
今年で四十周年を迎える。創刊のとき、学校の先輩でもあった堀葦男
と、自由律化していった河東碧梧桐の轍を踏まないようにしようと話し
合ったものだったが、ついこのあいだのような気がする。

 その堀も他界して久しい。同人だった阪口涯子、島津亮、林田紀音
夫、稲葉直、牧ひでを、隈治人、手代木唖々子、小田保、大橋嶺夫と
いった、戦後俳句のすぐれた担い手たちも、すでにこの世にいない。

                  二〇〇二年三月十二日
                                  金子兜太


第2巻 

ある庶民考― 一茶覚え 1977年刊 合同出版
角川書店「俳句」1973年7、8月に「一茶覚え」と題して連載した文章に
加筆訂正したもの。この中に「農民俳句小史」「私のなかの秩父事件」

小林一茶―<漂鳥の俳人>1980年刊 講談社
講談社現代俳書シリーズの一冊(591)として書き下ろされたもの。
好評を博した「ある庶民考」の視点に立って書いた一茶評伝。

一茶句集」1983年刊 岩波書店
岩波書店「古典を読む」シリーズの一冊として書き下ろされたもの。
金子兜太の一茶関連著書は、1977年の『ある庶民考』(合同出版)
1983年の『小林一茶』(講談社現代新書)で、一茶の生涯と作品へ
の新視点を打ち出し、1982年の『流れゆくものの俳諧』(朝日ソノラ
マ)では一茶を軸にした(俳諧史)を、さらに1981年の『中山道物語』
(吉野教育図書)では一茶の口を通した同時代の庶民の地肌に触れ
ている。この四部作では兜太の一茶像はひとつの完結をみた。
本書は一茶の二万近い作品のなかから百八句を選んで評釈したもの
である。

蕪村―個性と詩性
「短詞型文学論」1963年紀伊国屋書店(岡井隆との共著)所収。
金子兜太担当の「俳句論」の第二章部分。

芭蕉―おくのほそ道への旅
平凡社発行「太陽」1998年11月号掲載



第3巻

定住漂泊 初出「週刊読書人」1971年
『定住漂泊』1972年 春秋社
 本文は原稿用紙十枚程度の短い文章だが、「海程」創刊「周年を終え、
新しい転機を迎えたとの自覚のもとに書かれたものである。それは戦
後俳句から衆の詩への指向を強めつつより「存在者」の漂泊感に焦点
を当てることとなった。「漂泊とは流魄の情念」だが、流魄が日常性の
なかに流れるとき、山頭火や放哉のような放浪をともなう日常漂泊となる。
ところが日常性のなかに流れず逆に日常のなかに吃立する流魄の情念
を定住漂泊と呼ぶ。現代生活のなかにひろがる日常漂泊感とそれに争
う定住漂泊者のいきざまを見据えていこうという問題提起である。

種田山頭火―漂泊の俳人
1974年刊講談社
本書は講談社現代俳書シリーズの一冊として書き下ろされたものる
内容は評伝風にかかれているが70年代の山頭風ブームに一つの
思想的視点を与えたというる本て゜ある。

放浪行乞―山頭火120句
1987年刊 集英社  1992年集英社文庫採録。
本書は山頭火のうちの120句を選んで講釈し編年体で構成、句による
評伝。

秩父山河 『定住漂泊』所収。秩父関連4編のエッセー。

「秩父風土考」ー「兜太詩話」飯塚書店 1978年刊

「秩父の春」―「熊猫荘点景」冬樹社 1981年刊

「わたしのなかの秩父事件」―「ある庶民考」合同出版1977年刊

「秩父困民党」―朝日選書「思想史を歩く」朝日新聞社1974年刊



第4巻

わが戦後俳句史―1985年刊 岩波書店
本書は、当初俳誌「海程」誌上に連載中の文章を中断し、あらためて
岩波新書シリーズの一冊として書き下ろしたもの。内容は、ミクロネシヤ
のトラック島で終戦を迎えたときに始まり、昭和三十五年に十年間の
地方勤務を終えて帰京するまでの約十五年にわたる俳句を中心とした
自分史である。

定型の詩法―1950年刊 海程社

「俳句と社会性」初出「風」1954年11月号アンケート

「造形俳句六章む初出「俳句」1961年1月号から6月号
「定型の詩法」所収 海程新社 1970年刊

「構造的音群」初出「ことばの宇宙」1968年 「定型の詩法」所収

「虚子の客観」初出「日本の文学」1968年 「定型の詩法」所収

「土がわれは」初出「俳句」1970年8月 「定型の詩法」所収

「光晴覚え」初出「心の花」1965年6月号  「定住漂泊」所収


遠い句近い句―わが愛句鑑賞 初出「俳句研究」1990年〜
1992年5月号までの間断続的に連載。
富士見書房1993年刊

収載は「遠い句近い句」から「遠い句」の部分を抜粋している。








           
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