金 子 兜 太
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金子兜太句集『
暗緑地誌
』
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金子兜太自選句
昭和47年11月刊
牧羊社
第四句集
『暗線地誌』
昭和47年 牧羊社(句集は321句)
解題
安西 篤(金子兜太句集第一巻より転載)
『暗線地誌』は、『蜿蜿』以降の約五年間の作品の中から347句を
収録している。『蜿蜿』の末期に熊谷に移っているので、熊谷の自然
との交流は『暗線地誌』の方に色濃く反映している。この時期、兜太
はしばしば俳句仲間との旅にでかけている。人間と自然との新たな
出会いを通じて、おのれの肉体と精神を動かし、それによって思考と
感覚の回路を開こうとしている。
この時期、いわゆる七〇年安保という反戦活動はみられたもの
の、六〇年安保ほどの盛り上がりもみせず終息していつた。訴える詩
の無力感がつのり、内向する漂泊感をもてあましながら、兜太は生
(なま)な存在感の原質に迫ろうとしていた。それが『暗線地誌』とい
う語に熱したのは、「暗鬱な生命力のアレゴリーかもしれない」と(あ
とがき)で述べている。
この句集は、製作年代順というより、主題別の配列になっており、
「暗鬱な生命力のアレゴリー」の塊をいくつかの連作で表現したとみ
られ、全体を十五章で構成している。そこでは一作毎の勝負よりも
連作での世界の構築を目指している。だから個々の作品に過大な
負荷をあたえず、より自然なかたちで世界がひろがる。前句集『蜿
蜿』の後記にいう「一人の連句」として、「自分の句に向って、ときに
反撥し、ときに響和しながら、気合をもって相対し、相関わりつつ、
次ぎつぎと句を作りだし」ていくことが具体的に実践されている。
(金子兜太自選)
林間を人ごうごうと過ぎゆけり
涙なし蝶かんかんと触れ合いて
米は土に雀は泥に埋まる地誌
一飛鳥蒼天に入り壊(こわ)れたり
犬一猫二われら三人被爆せず
夕狩(ゆうがり)の野の水たまりこそ黒瞳(くろめ)
山の向こうは青葡萄園その拡がり
谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな
灯が斜めの非常階段をおちる豆
北海道十勝
しみこむ影は唐黍の精十勝の家
二十のテレビにスタートダツシユの黒人ばかり
赤い犀 二句
赤い犀顔みてゆけば眼が二つ
赤い犀車に乗ればはみだす角
松島
靄から夜へ島も燈下のわれも美貌
暗黒や関東平野に火事一つ
雑木林に雪積む二人の棺のように
馬酔木咲き黒人Kのさらなる嘆き
汚れて小柄な円空仏に風の衆
列島史線路を低く四、五人ゆく
月あれば谷底ひろし青(あお)僧侶
朝顔が降る遠国の無人の宿
風におちた青葉青枝眠りの場
みな多弁に棗かじる暗い山
篠枯れて狼毛の山河となれり晩夏
樹といれば少女ざわざわと繁茂せり
紫雲英田に
俠
客ひとり裏返し
伊豆の山山雁より黒くわれらわれら
死火山に煙なく不思議なき入浴
『暗緑地誌』 金子兜太
五年まえの夏、緑林と田の熊谷に移った。関東平野
の一角、武蔵野の北西部にあたる。西に青々と秩父連
山を望み、北西に、妙義、榛名、赤城の上毛三山があ
る。浅間山もみえる。そのむこうは上信越の空だ。冬
の季節風は、その空を渡り、平野を駈ける。
それから現在まで、東京とのあいだを往来し、日本
列島のどこかを歩き、地球上の戦争を憎んできた。そ
していつか、私のなかに暗線地誌の語が熟した。暗鬱
な生命力のアレゴリーかもしれない。
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