金 子 兜 太
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金子兜太句集『旅次抄録』
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旅次抄録 構造出版
第七句集
『旅 次 抄 録』
解題
安西 篤(金子兜太集より転載)
付・「あとがき」、総頁256頁、装画/装幀・建石修志、判型・B6判、
造本・並製カバー装、発行1974年6月16日初版、発行所・構造社出版
『旅次抄録』は、昭和49年(1974)9月に日本銀行を定年退職して以
降約二年半の作品から226句をまとめたもの。旅の句が多いが、必ずし
も旅ばかりではなく、人や天然との新しい出会いを連作のように二十章
に細分化して章立てしている。題名について「あとがき」でこう書いてい
る。「(定住漂泊)者の私には、息子夫婦とその赤ん坊と同居し、細君と
おおいに喋り、来訪者や会合の人たちと酒を飲み、鳥や木や花を眺め、
犬や猫のあくびのお付合いをするーその日常もまた旅次だから、外に出
る旅だけにこだわる必要もない。すべてをひっくるめて、旅次抄録と名付
けたゆえんである」と。
そしてこの時期の所感として「(現実)と(自然)、(現実の表現〉と(伝統
体感)―この重ねかたが、いま私が手探りしている『不易流行』の入口で
もある」といい、新しい伝統を築くための自在なる体感への求めを強調し
ている。
(金子兜太の自選句)
霧に白鳥白鳥に霧というべきか
僧といて柿の実と白鳥の話
山みみずばたばたはねる縁ありて
潮来・二句
夜明けの鴎残夢残夢と野をゆけば
灯がかたまり水が重なる野が終れば
病む妻に添い寝の猫の真つ黒け
土佐・三句
海に会えばたちちまち青き梨剥きたり
水族館に鈍きは海蛇傷つくとも
太平洋抱卵のごとし渚の少女らは
伊豆・三句
伊豆の夜を遠わたる雷妻癒えよ
海鳥あまた渚の骸(むくろ)病む妻へ
緑褥というか海辺の草に妻
越前三国・四句
昼は渚をひたすら歩み鵜と会いぬ
九頭竜河口に羽毛降りきて夏病む妻
廃墟という空き地に出ればみな和らぐ
眼前に暗き硝子戸越前泊り
河内弘川寺・二句
大頭の黒蟻西行の野糞
出会いし人ら頭咲かせて水田べり
金子光晴死去
緑鋭の虚無老い声の疳高に
霧に花首標高一九〇〇メートルの人肌
照り返えす過去黍畑に雄の馬
十里木・七句
富士たらたら流れるよ月日にめりこむよ
「すべて腐爛(くさ)らないものはない」朝涼の富士よ
高原晩夏肉体はこぶ蝮とおれ
高原に落鮎食らい時流す
霧中に富士酒ほしげなり破戒僧
濁酒あり星と野犬の骸骨(されこうべ)
星がおちないおちないと思う秋の宿
木曾・三句
のつぽと短躯秋の木曽路の縦横(たてよこ)
夜の向こうにアルプス牙木曽酔人(よいびと)
木曾の夜ぞ秋の陽痛き夢の人
黒姫山に花鷄(あどり)溢れる味噌焚けば
鷺が通れば春の豚小屋豚総立ち
木のなかへ木がとけてゆく夕惑い
喪の日とや夏風荒れて頭禿げて
霧に美食捕鯨船長長並み
因幡・二句
幼な子の尿(しと)ほどの雨鳥取泊り
海くる祖の風砂山を生み金雀枝を打つぞ
伯耆・三句
藤房の夜見の国あり陽の山あり
緑歯噛んで酒すするなり山の人
大山山中祭のながれゆるしゆるし
人刺して足長蜂(あしなが)帰る荒涼へ
あきらか鴨の群れあり山峡漂泊
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